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8/07/2018

Happy 56th Independence Day, Jamaica!

まだ残暑とは言い難い暑さの日々、みなさま暑中お見舞い申し上げます。
また、7月上旬に発生した大雨の影響により、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。そして関東地方にお住まいの皆様におかれましては今日から接近している台風13号にご注意ください。

今年もジャマイカでは8月1日に奴隷解放記念日、続いて6日には独立記念日が祝われました。1962年にイギリスより独立したジャマイカは、今年で56周年となります。(ジャマイカの国歌をご紹介した過去記事はこちら



毎年この日に開催される独立記念日の記念式典ではその歴史と栄光、この国にとって重要な役割を果たしている伝統芸能やレゲエを含むジャマイカ生まれの音楽も披露されてきました。式典で披露される曲は1960~70年代にはフェスティバルソングとしてレコードもリリースされています。(フェスティバルソングは毎年コンテストで選ばれます)

さて今日はそのフェスティバルソングの代名詞といってもいいほどジャマイカ人には馴染みの深い、そして当店でも人気の高い、Eric Donaldson / Cherry Oh Babyをご紹介します。

1971年にリリース、タイトルにもなっているCherryは歌詞の流れでは女性のことを歌っているように思えますが、実はジャマイカのことを歌っていて、ジャマイカが独立するまでどれだけ待っていたか、ジャマイカをどれだけ愛しているか、誇りに思っているかをCherryという女性になぞらえて表現しています。

また、71年からEric Donaldsonは6回、フェスティバルソングコンテストで優勝しており、その中でも78年のLand of My Birthはこの曲と同じくらい有名です。(過去にLand of My Birthをご紹介した記事はこちら



Eric Donaldson / Cherry Oh Baby
Cherry oh, cherry oh, baby,
Cherry オー 僕の可愛いCherryよ
Don't you know I'm in need of thee?
僕は君が必要なんだ、知らなかったかい?
If you don't believe it's true,
本当だって信じてくれないなら
What have you left me to do?
僕に何をさせるつもりだい?
So long I've been waiting,
長いこと待っていたんだ
For you to come right in.
君がここへ来てくれることを
And now that we are together,
そして今僕らは一緒になれた
Please make all my joys come over.
このすべての喜びを分かち合おう

Oh.. ----
Oh.. ----
Yeah.. ----
Yeah.. ----

Oh cherry, oh, cherry, oh, baby,
Cherry オー Cherry 僕の愛しい人よ
Don't you see I'm in love with you?
僕が君に恋をしてるって気づいてなかったかい?
If you don't believe I do,
僕が恋をしてるって信じてくれないのなら
Then why don't you try me?
どうして僕と一緒にいようって思わないんだ?
I'm will never let you down,
僕は君を悲しませたりはしないよ
I'm will never make you wear no frown.
絶対に怒らせたりしないよ
If you say that you love me madly,
君が僕を死ぬほど愛してるっていうなら
Oh, babe, I will accept you gladly.
喜んで君を受け入れるさ

Oh.. ----
Oh.. ----
Yeah.. ----
Yeah.. ----

(繰り返し)
Oh cherry, oh, cherry, oh, baby,
Don't you see I'm in love with you?
If you don't believe I do,
Then why don't you try me?
I'm will never let you down,
I'm will never make you wear no frown.
If you say that you love me madly,
Oh, babe, I will accept you gladly.

Yeah.. ----
Yeah.. ----
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By courtesy of Sharifa Robinson


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SHOP URL: http://tingsandtime.shop-pro.jp/

3/20/2018

曲紹介 - Max Romeo / War in a Babylon -

今日は先日ご紹介したレコードの中からMax Romeo / War In a Babylonの歌詞をご紹介します。

ジャマイカは1970年代、2大政党(JLPとPNP)の争いが非常に激しく、お互いがお互いを攻撃し、まさに文字通りの血で血を洗う時代と言われていました。
このWar In a Babylonは1976年にリリースされ、この頃の暴力的な政治背景について歌っており、アルバムのタイトルにもなっています。
ちなみに、Bob Marleyがジャマイカでこの2大政党のリーダー(マイケル マンレー(PNP)とエドワード シアガ(JLP))の二人をステージに立たせ握手をさせたことで知られる有名なコンサート"One Love Peace Concert"はこの後、1978年のことでした。

なお、この時代について詳しく描かれたBetter Mus’ Comeという映画があります。当時の様子がイメージできるとても興味深い内容で、こちらもオススメです。(YouTubeのリンク貼っておきます→こちら

現在 当店でお取り扱いの War In A Babylonはこちら


War in a Babylon
It sipple out deh!
そこは危険だよ

War inna Babylon, tribal war inna Babylon
バビロンで戦争だ、バビロンで民族の争いだ
Let me tell! It sipple out deh
言わせてくれ そこは危険だ
A wha' you seh, it sipple out deh, oh yeah
そこは危険なんだ

War inna Babylon, tribal war inna Babylon
バビロンで戦争だ、バビロンで民族の争いだ
It sipple out deh, wha' you seh, it sipple out deh, oh yeah
そこは危険なんだ

The barber-men nuh like de Dreadlocks-man (ah-ah)
床屋の男たちはドレッドロックスの男たちとは違う
The Dreadlocks-man nuh like de barber-man, no (ah-ah)
ドレッドロックスの男たちは床屋の男の男たちとは違う
The policemen nuh like de Dreadlocks-man (ah-ah)
警察官たちはドレッドロックスの男たちとは違う
The Dreadlocks-man nuh like de policemen, no
ドレッドロックスの男たちは警察官たちとは違う

(繰り返し)
So war inna Babylon, tribal war inna Babylon
Let me tell! it sipple out deh
A wha' you seh, it sipple out deh, oh yeah
War inna Babylon, tribal war inna Babylon
Let me tell, it sipple out deh
A wha' you seh, it sipple out deh, oh yeah

When come pride then cometh shame
プライドが最初に そしてそれから羞恥心がやってくるんだ
A man pride shall bring him low, yeah, oh yeah
ある男はプライドによって低い地位へ落ちるんだ
Honour shall uphold the humble in spirit
栄光は謙虚な心を守ってくれる
And you know it's true, yeah, oh yeah
それが真実だって君は知ってる

War inna Babylon, tribal war inna Babylon
バビロンで戦争だ、バビロンで民族の争いだ
A wha' you seh, it sipple out deh
君はそこは危険だと言った
So wha' fe do? we slide out deh, oh yeah
どうしようか?僕たちはそこから出て行くよ
War inna Babylon, tribal war inna Babylon
バビロンで戦争だ、バビロンで民族の争いだ
A wha' you seh, it sipple out deh
君はそこは危険だと言った
So wha' fe do? mek we slide out deh, oh yeah
どうしようか?僕たちをそこから出してくれ

(繰り返し)
True, true, true, it sipple out deh
So wha' fe do? mek we slide out deh, oh yeah
True, true, true, it sipple out deh
Let me tell, we slide out deh

Marcus garvey prophecise, say:
マーカス ガーヴェイの予言では
"One mus' live 10 miles away, yeah, in this time"
「ある人は10マイル離れたところに住まなければいけないんだ、この現代は」と言った
I man satta at the mountain top
山の上でリラックスしよう
Watching Babylon burning red hot, red hot
バビロンが真っ赤に燃え上がるところを見よう

War inna Babylon, tribal war inna Babylon
Let me tell, it sipple out deh
So wha' fe do? me we slide out deh, oh yeah
War inna Babylon, let me tell, tribal war inna Babylon
So wha' you seh, it sipple out deh
So wha' fe do? mek we slide out deh, oh yeah

True, true, true, it sipple out deh
So wha' fe do ? mek we slide out deh, oh yeah
True, true, true, it sipple out deh, mek we slide out deh
Let me tell, true, true, true, it sipple out deh
Wha' fe do ? mek we slide out deh, oh yeah..
True, true, true, it sipple out deh
Let me tell, mek we slide out deh, oh yeah
True, true, true, it sipple out deh, oh yeah
Mek we slide out deh, let me tell..
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現在 当店でお取り扱いの War In A Babylonはこちら
 


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10/16/2016

Jamaica Heroes' Day

明日10月17日(月)はジャマイカのナショナルヒーローズデーです。毎年10月の第三月曜日がこの日として制定されており、ほとんどのお店がお休みになります。
*近年、キングストンも祝日はお店を開けるところが増えてきていますが、ジャマイカ全体ではまだまだ日曜日や祝日は休息日、教会へ行く日、という認識が強いので、ご注意を!

さて、ナショナルヒーローは現在7人いて、どなたも今のジャマイカの土台の部分を築くことに全身全霊をかけ、ある人は命を捧げ、非常に大きな貢献をしました。ジャマイカを、そしてレゲエを愛する方、ジャマイカに行ったことがある方もこのヒーロー達の顔をどこかで目に、その名を耳にしたかもしれませんので、今日はそのヒントも併せてご紹介します。



Paul Bogle(1822 - 1865)
キリスト教の司祭(いわゆる牧師にあたる人)でジャマイカのすべての人に自由と平和を!と掲げ活動してきたのですが、Morant Bayの行進のあと、政府に逮捕され、イギリス軍総督の指示のもとMorant Bayの裁判所で死刑にされました。

銅色の10セントコインの顔です。


Sir Alexander Bustamante(1884 - 1977)
ジャマイカ初代首相。反植民地政権を掲げたリーダーとして活動を始めます。
現在の政党のひとつ、JLP(ジャマイカ労働党)を設立した人でもあります。
Shaggyが毎年行うチャリティーコンサートで集まる寄付金の行き先の多くは、キングストンにある小児専門病院バスタマンテ病院と言います。この病院は、このバスタマンテ卿の名前からつけられています。

7角になっている銀色のコイン1ドルの顔です。


Marcus Mosiah Garvey(1887 - 1940)
奴隷解放活動家でアフリカ回帰主義者。一般的にはこの英雄の中で一番有名と言えるでしょう。彼は奴隷解放のための活動をジャマイカのみならずアメリカ各地で集会を行い、多くの人の心をつかみ、支持を得ました。UNIA(世界黒人開発教会)を設立した人でもあります。彼の意志は世代を超えて今もなお引き継がれています。

ご存知の通り、彼の名はジャマイカ(レゲエ)では曲では多く取り上げられ、自分たちの歴史に貢献した偉大な父として歌われていますが、ラスタかと思いきや本人は違うと否定しています。彼は1920年代に、「アフリカを見よ。黒人の王が戴冠する時、解放の日は近い」と預言したのですが、その後にエチオピアのハイレセラシエ 1世が誕生したことでラスタファリアニズムが彼の信念を大きく支持しました。

Hip HopアーティストのMos Def とTalib Kweliで構成されるユニット、The Black Starの名はGarveyがアメリカで設立した貿易会社、Black Star Lineにちなんでいることも有名です。

またGarveyはアメリカで活動中、詐欺罪で逮捕されたことがあるのですが、この逮捕はのちに誤解だったと言われており、2年前アメリカのオバマ大統領がジャマイカを訪れた際、ジャマイカ政府はこの逮捕を歴史的な記録から取り消してほしい、と大統領にお願いしたと言われています。

25セントと、20ドルコインの顔の人です。


Norman Manley(1893 - 1969)
キングストンの空港の名前ですね。この人の名前からつけられました。
既出のBustamante卿の設立したJLPと対立している政党、PNP(人民国家党)の設立者です。そしてBustamante卿のあとに首相に就いています。
一番小さな銀色のコイン5ドルの顔です。


Nanny of the Maroons(1686 - 1755)
ジャマイカの女性活動家です。この中ではたった一人の女性ですね。フランスのジャンヌ ダルクのような人で18世紀の初め、マルーンという反奴隷体制の組織を率いてイギリス軍と戦いました。強い女の象徴です。

ジャマイカ人が500ドル札のことを通称で”ナニー”と呼ぶのは、このお札にナニーの顔が印刷されているからです。ちなみに、1000ドルは、Michael Manleyというジャマイカの歴代首相の一人ですが、印刷されている人の顔に関係なく、1グラン(Grand 英語でも1000ドルはグラン)と呼ぶことが多いですね。
英語ではナニーは乳母という意味なのですが、ジャマイカでナニーと言ったら子育てしている人は別として、たいてい500ドル札のことを言っていると思って問題ないと思います。


Samuel Sharpe(1801 - 1832)
自由主義、革新主義の司祭(いわゆる牧師)で奴隷解放の指導者として活躍しました。
ジャマイカの奴隷時代後期、Sharpeは奴隷たちの労働に対すて賃金の要求を奴隷主に訴える運動を起こしました。
しかし1832年5月、この運動が熱くなり暴動に発展したことで多くの奴隷が逮捕され、処刑されることになりました。そしてSharpはその首謀者としてMontego Bayのダウンタウンの広場(のちにSam Shape Squareと命名)で処刑されました。
彼が最後に残した言葉は
 “I would rather die among yonder gallows, than live in slavery.”
  “奴隷として生きるなら、ここで絞首刑にあったほうがましだ”

この忘れ去られることのない歴史的出来事は現在もモンティゴベイのダウンタウンに彫像とあわせて残されています。その処刑からわずか2年後の1834年8月、イギリスは奴隷制度を廃止しました。
50ドル札の人です。

George William Gordon(1820 - 1865)
白人の父とジャマイカ人の母の間に生まれたGeorge Gordonは政治家であり実業家でした。自分で読み書きや計算を勉強し、のちにSt. Thomas(ジャマイカ東部)を買い、地主として裕福になりました。その後、政界へ進出し、自由主義を唱えジャマイカ史に残るMorant Bayの行進の首謀者として皆を引率しました。
Paul BogleはGeorge Gordonの熱烈な支持者でした。

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余談ですが、今日このジャマイカの7人の英雄をご紹介するにあたり、この↓ノートに印刷された顔を撮影しました。このノートはジャマイカでとても一般的に使われているものですが、今日改めて見て、ちょっとした話のネタとしてジャマイカ好きへのお土産にいいかも?と思いました。(表紙の模様やページ数にバリエーションがあります)

その訳ですが、まず、このノートは数少ないMade in Jamaicaです。ジャマイカのお土産品の多くは中国や台湾で作られています、たとえそこにYah Man! Jamaicaと書いてあってもです。



表紙を開くと、左はジャマイカの人気コメディアンIty & Fancy Catの顔(これは広告も兼ねているので時々で変わるはず)と、12 x 12のかけ算表が!(ジャマイカの学校では、かけ算は12段まで覚えるんだそうです)
そして右ページにはジャマイカの歴代首相、絶滅危惧種のジャマイカ由来の動物、通貨、ジャマイカ固有の鳥達が載っています。



裏表紙には、今日ご紹介したジャマイカのナショナルヒーロー、ジャマイカの歴代総督、国歌、ジャマイカの地図、カリブ共同体の国々など、ジャマイカを勉強する人たちには有益な情報が載っています。



このノート、Pharmacyや書店、スーパーマーケットなど文具を置いているお店には必ず置いていますので、ぜひチェックしてみてください。なお、書き心地はそんなに良くないのでそこは悪しからず。

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5/29/2015

[2015/05/29] ジャマイカの水資源を中国が買収?!



St.Ann(Ocho Riosのある教区)のジャマイカの大切な水資源、Roaring Riverを中国が買い取ろうとしています。この土地に中国はリゾート地またはチャイナタウンを作ろうとしているんだそう。ここはジャマイカに取って大切な水資源となっている場所であり、また、リゾート地を建てることにより間違いなく環境問題に発展するため地域住民からは反対の声が。

政府は外貨を稼ぎたいので、なんとかして売りたい。

ところが、最近になってこの土地が、ジャマイカの英雄のひとりであるMarcus Garvey(奴隷解放運動に大きな影響を与えた活動家)の祖父とその家族が奴隷にさせられた場所だということが判明しており、つまりジャマイカ国家そして歴史にとって大切な場所を売る訳にいかない、と反対意見が強まり署名運動にも勢いがついています。

記事原文:http://jablogz.com/2015/05/the-jamaican-government-cannot-give-the-roaring-river-property-to-china-heres-why/

Change.orgでは、この件に関して反対の署名を集めており、目標数に達し次第ジャマイカ首相であるPortia Simpson Millerに提出の予定です。ジャマイカの大切な自然、そして資源を守ることに賛同できる方はぜひ一票を投じてみてください。こちら

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今や中国の力がなければ成り立たないほどジャマイカにおける中国の力は大きくなっています。空港からキングストン市内につながるRound-Aboutまでの一本道にいつのまにか堤防を作ったのも、去年完成したキングストン - オチョリオス間を結ぶ高速道路を作ったのも中国企業です。また、Hope Gardensというキングストン市内にある植物園の中にも、現在中国企業が入り『何か』を建設中です。

また、先日ご紹介したYellow ManのMr. Chinの歌詞にあるとおり、Wholesaleと呼ばれる卸売り雑貨/食料品店やスーパーマーケットを営むのは中国人が多く、キングストンにあるSovereign SupermarketやBrooklyn Supermarketもそこに含まれます。

音楽業界では、ディストリビューターとして名高いSonic Sounds、Dynamic Sounds、そして現在はNYが拠点のVP Recordsもオーナーは中国系です。長きに渡り陰から音楽を支えて来た彼らの間では、“We can’t sing, so we had to contribute to the music in other ways!”「我々は歌えない、だから他の形で音楽に貢献しなければならなかった」とジョークを言い合っていたそう。(出典はこちら

そして少し前にリリースされたVybz Kartelの曲、Sweet Dreamsの歌詞の中にもこう出て出てきます。

Ghetto youth study the Chinese
Dem a run bout yah from in a the 90’S
Money dem a look while wi a look war

ゲットーユーツは中国人から学べ
奴らのビジネスを90年代からノってるぞ
俺らが戦争してる間に奴らは金のことを考えてたぞ



中国から外国(ジャマイカに限らず)に労働を求めて渡って来た世代から、今だいたい3代目から4代目くらいになっているところでしょうか、ビジネスにおいては本当に長けた人が多いのが事実です。一方で粗悪品や模倣品の提供などは世界各地で問題になっているのは有名です。

ジャマイカでは特にここ数年でさらにさらに中国の力が強まって来ており、仕事で来ているであろう中国人の数も増えてきました。確かに彼らの資金力はすごいと思いますが、一方でマナーのない行動が目につくことも多く、そこに関しては日本人が同じChin(アジア人)ということで一緒くたにされるのは心外であります・・・。




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4/11/2015

[2015/04/11] オバマ大統領 訪ジャマイカ フィーバー

連日オバマ大統領訪ジャマイカ関連の投稿になってしまっていますが、ジャマイカを騒がせたことは誰の目にも明らかでした。ヘリコプターも出動し、道は封鎖されその他の道路が渋滞し、キングストンの街全体が騒然とした2日間でした。会議のあった9日は、朝から中継があり夕方のオバマ大統領のジャマイカ出国まで独占で放送されていました。また大学での公開質問もあり、充実した内容のようでした。(訪ジャマの目的をすべて達成できたのかは不明ですが)

Facebookに載せましたが、公式あいさつでは"Greetings Massive! Wah Gwaan Jamaica?" とジャマイカ人の心をがっつり掴む一言を!



なぜこんなに歓迎されるのか、ジャマイカ人の友人に聞いたところ、アメリカで初めての黒人大統領であること(黒人は黒人であることに誇りを持っています)、そしてアメリカに家族がいる人も多く、アメリカをより近くに感じており、オバマ大統領に感謝している、ということが大きいという回答でした。

さて、そのフィーバーがやっと終わったと思いきや、エンターテインメント界でも少し残り火が。

I DID NOT DISS OBAMA
Chronixxがオバマ大統領をDisした、という話題についてラジオで何度も何度も取り上げられていました。この背景には、ジャマイカの国民的英雄であるマーカス ガーヴェイがかつてアメリカで逮捕され、国外追放されたことがいまだに記録に残っていることがきっかけとなっています。

*マーカス ガーヴェイは黒人解放活動家の一人で、当時アメリカでも活動し黒人の社会への進出の基礎を作ったり、ジャマイカでも多大な影響を及ぼした偉人であります。ジャマイカ$20コインの人です。また、ラスタファリアニズムを始めたと言われ、エチオピア帝国の最後の皇帝 ハイレ セラシエ 1世と並んでラスタからは崇拝される存在です。「いまに黒人の皇帝が現れる」、と予言したのはマーカス ガーヴェイで、それがハイレ セラシエ 1世なのです。

今回のオバマ大統領の訪ジャマイカで、ジャマイカ政府はマーカス ガーヴェイの解放(実際はもう亡くなっていますが逮捕の記録を消すこと)を求めるのではないか、と言われていたほどです。この逮捕記録を消去するのは、当時アメリカは白人によって支配されており、逮捕は人種差別から来た不公平な物であり、誤認逮捕だったと後に言われています。

彼の功績は大きく、ここに書き切れないのでウィキペディアの項をこちらに載せます☞ マーカス ガーヴェイ

さて、Chronixxに話を戻しますと、彼はかなり敬虔なラスタファリアンで、常にその考えをインスタグラムを始めとするSNSで主張していますが、今回問題となった発言は

"This man ... Still have criminal record on the United States and we glorifying some waste man! This man was hunted and imprisoned by our Jamaican government ... who some years later, paved a peaceful and safe path for the US president to address is a ... "race of good for nothing's". That's why black faces don't mean anything to rasta anymore”


「この方は・・・アメリカの地で犯罪記録をまだ持っており、我々は用なしの誰かさんのことを美化してる!この方はジャマイカ政府に追われ、投獄された・・・平和で安全な道のりを作った人が。大統領に向けて「人種には意味を持たない」と言った人が。だから黒い顔はラスタにとってもはや意味を持たない。」

これは名前は出していないもののマーカス ガーヴェイのかつての逮捕について、そしてオバマ大統領を批判する内容であることは明らかだと言われています。

コメント欄では、「自分はアメリカでツアーをやったり、テレビにまで出演してるのに!」とか「オバマ大統領に失礼だ!」とかもちろんアメリカ国民からのコメントもあり、大騒ぎ。

その後、Chronixx自身は"I DID NOT DISS OBAMA"とコメントを出しています。が、自分の発言には責任を持っているし、恥ずかしいことをしたつもりはない。と書いています。Chronixxのインスタグラムのアカウントはこちら

さらには以前SNS上で言い合いとなったジャマイカ国会議員のLisa Hannaまで出て来て、「あなたはすでに公人なのだから物言いには気をつけないといけません」とアドバイスしています。

Chronixxはそのストレートな物言いが彼の個性でもあるのですが、ラスタに対して敬虔すぎて社会に対する不信感を隠すことはないので、ジャマイカ人の間ではtoo muchな感じがあるのも否めません。熱過ぎるという感じでしょうかね。(もちろんジャマイカでも人気はありますが、海外での人気のほうがより高い感じがします)

Deejays seek Obama's help for visa
別の話では、Bounty KillerやBusy Signalといったアメリカからビザが下りないアーティスト達がオバマ大統領にビザをくれるようお願いしたい!と叫んでいたと言います。
アメリカのビザが下りないアーティストはたいてい過去にアメリカで悪いことをしているんですけどね。

*ジャマイカ人は、カリブ諸国以外の外国へ行く時は、ビザを取らなければその目的国に入ることができません。日本はすべての国とは言いませんが、パスポートだけ、事前のビザ取得なしに入国できる国がほとんどです。それだけ信頼されているのですが、ジャマイカ人はその逆。悪さをする人が多すぎるため、大使館に出向いてきちんと審査されないと入国許可が下りないのです。(一旦ビザが下りるとだいたい5-10年もらえるようですが)

*以前、キングストンのNorman Manley空港をカナダに向けて出発する時、「あなたカナダのビザは持ってる?」と聞かれたことがあります。「日本人はビザが必要ないんです」と言うと「本当に?大丈夫?」と念を押され、「大丈夫、日本人は世界のほとんどの国にビザなしでいけます」と回答しました。そんな質問をされるのはジャマイカだけではないでしょうかね。

さてやっと通常に戻ったキングストン、と思いきや日曜日はソカのロードマーチで賑やかになります。またこちらもご紹介したいと思います!


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3/10/2015

[2015/03/10] 映画 The Harder They Come Part 2が製作される!

今日は映画 The Harder They ComeのPart 2についてJimmy Cliffが話した記事を訳しています。
(抜粋および意訳です)
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あの60年代のジャマイカをリアルに映し出した伝説的映画、The Harder They Comeが43年の時を経て、パート2が製作される!


Jimmy Cliffによれば今年の後半から製作に入るということで、音楽はもちろん彼によって担当されるんだそう。

The Harder They Comeは、サウンドトラックの素晴らしさはもちろんですが、ジャマイカで初めて作られた劇場用映画であり、また、世界にレゲエを知らしめ、そしてジャマイカはもちろん、世界に向けても成功した作品として多くの人に知られています。
また、カリブ諸国で製作された映画の中でもっとも影響力の高い映画のひとつとして認識されている、とても優れた作品です。

この映画はジャマイカのリアルな犯罪についてゆるく描いた物語で、Cliffの演じるアイヴァンは撃たれてしまいます。Cliffはこれについて、Ivanhoe Rhygin Martinのキャラクターは実は死んでなかった、と説明します。

「自分の演じた役は撃たれて死んでしまうし、そうであるべきなんだが、彼が埋葬されたところは映し出されていない。そこで映画のマジックを使って(ストーリーをうまく変えてという意味でしょう)、彼が息を吹き返し、その罪を償うために何年も牢屋で刑期を過ごした後、また彼は外に出て自分の道を歩み始めている」と説明しています。

記事はこちらから抜粋しています
http://jamaica-gleaner.com/article/entertainment/20150308/jimmy-cliff-reprise-role-harder-they-come-pt-2

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レゲエ好き、ジャマイカ好きの多くが観たことのある作品だと思います。
改めて観てもジャマイカが驚くほどリアルに、自然体に映し出されている作品ですね。ただ、ジャマイカに物がなかった当時の、荒削りだけど純粋でハートのある人々をこの現代、まったく同じように描くのは難しいのかなと思います。とはいえ、牢屋から出て来たRhyginの「今」を上手に描いてくれることを願っています。

製作自体に対しては、資金繰りに困って製作が中断したり、やっぱりやらない、なんてこともあり得ますが・・・

こちらはYouTubeに載っていた、BBCがThe Harder They Comeを特集したドキュメンタリーの音声です。2013年のもので、現代の視点で製作当時の様子、ジャマイカの歴史と社会(奴隷制度とその名残など)、そしてジャマイカの"ルードボーイ"についてJimmy Cliffを含む様々な人が語っていますが、映画だけでなくジャマイカを説明するのに欠かせない様々な要素についても話しているので非常に興味深いです。(英語です)



当店のJimmy Cliffの作品はこちら


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3/06/2015

[2015/03/06] A Timeline of Marijuana in Jamaica

長いこと話し合われてきた、ジャマイカでの大麻における法改正、"喫煙と少量(2oz=約56gまで)の所持(個人使用)に限り、見つかっても犯罪履歴には残らない" という点について、ついに2月24日に承認されました。実際の施行はまだ先のことになりますが、ここでジャマイカが大麻とどう関わって来たのか、重要な年代とともに紹介していましたので訳してみました。


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ジャマイカにおける大麻についての流れ


Aunt Mary, Blunt, Doobie, Hash, Weed、いろいろな呼び名はありますが、いずれも皆大麻を指しており、ご存知のとおり多くの癒しと楽しみを与えてくれる植物です。


この植物については様々な研究と話し合いが長年にわたり行なわれて来ていますが、現在のところ規制がかかっており、また、ご存知のとおりここ数年はホットな話題となっています。危険ドラッグ法(修正案)が2月24日承認されましたので、施行されるのはもうあと少しでしょう。

(個人的な利用での2oz(56g程度)までの所持であれば、犯罪履歴に残らない、という法改正が承認されたばかり)

それではジャマイカにおける大麻の歴史、重要な部分を取り上げて見てみましょう。


1800年  東インドの労働者によってジャマイカに上陸
1913年  危険ドラッグ法が通り大麻の喫煙と販売を禁止
1977年  大麻の法改正について話し合うための合同委員会が発足
2000年  大麻の問題を再考する大麻実行委員会が発足
2015年  危険ドラッグ法(修正案)が修正され
     大麻の使用と少量の所持であれば犯罪履歴には残らないことに。

記事原文:http://digjamaica.com/blog/2015/03/04/a-timeline-of-marijuana-in-jamaica/

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誰がおいしいところを持って行くのか決めるのに時間がかかっているんでしょうね。この法律が施行されると、医療用大麻に対する考え方も大きく変わることでしょう。以前紹介したとおり、医療用大麻を製品化している会社も設立されていますのでこれにより海外からも注目、外貨も大量に入ってくる流れは想像できます。よってジャマイカの一部の層(結局政府でしょうね)が豊かになるのは間違いありません。2015年は大麻の歴史を大きく変える一年になることでしょう。
また今年は4年に一度の選挙があり、リードする政党がまた変わる可能性があるので、今年のジャマイカは少し荒れそうです。

*法改正は承認されたものの、まだ施行されていないので、今警察に止められた場合、逮捕され、裁判所行き、罰金もしくは禁固刑、そして犯罪履歴に残ってしまうのでご注意ください。これに関してTings & Time Recordsは責任を負いませんので各自の判断でお願い致します。 (Staff)

Tings & Time Recordsでは、"ガンジャチューン"だけをまとめたページを作っています。
商品一覧は こちら

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3/04/2015

[2015/03/03] No easy feat for Alton Ellis

今日は、先日のSunday Gleanerに掲載されていた、故Alton Ellisの苦悩について書かれたコラムをご紹介します。
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- Alton Ellisのロックステディやレゲエというジャンルを築くのに費やした功績の影には実は多くの苦労があった -

2015年のレゲエ月間が終わりを迎えます、ですが、その前にAlton Ellis氏がレゲエとロックステディというジャンルをジャマイカ国内そして海外で確立させるためにどれだけ苦労し、また貢献してきたかということを語らなければいけません。

彼の苦悩は彼の最初のヒットソング、Murielが録音された少し後、1957年に始まりました。この曲は、まず最初にかの名プロデューサー、Coxsone Doddによって、彼のマーケティングの目的のために録音されました、というのもそれ以前のすべての曲はDoddのサウンドシステムのためだけに録音されていたのです。スローで緩やかなドゥーワップスタイルと歌詞はEllisの友達の一人によって書かれたものでEddie Parkinsとのデュエットで歌われました。それは当時ほとんどすべての音楽ファンから口ずさまれたほどです。

"If I had a pair of wings, over the prison walls
  I'd fly until I find the one I love so well - Muriel.
And just because I love her so, that is the reason why I'd go,
  although I know that it may cost my life  - Muriel"

"もし僕に翼があったら、この刑務所の壁を越えて愛する人に会いに飛んで行くのに、Muriel
なぜってただ彼女を愛しているから それが飛んで行きたい理由だよ
それが自分の命を失うかもしれないってこともわかってるけど、Muriel"

Murielはイギリスで爆発的ヒットとなり、ほぼ3か月間ジャマイカのチャートのトップをキープしました。にも関わらずEllisは金銭的な面ではまったく潤うことがなく、トレンチタウンでのタフな生活が続いていました。

2006年のインタビューで彼はこう語りました:
「Coxoneを離れてから約18か月間、街を歩いてた。それがスカの曲をほとんどリリースしていない理由だよ。でも友達が私に音楽を続けるべきだと励まし続けてくれたんだ、それで'Alton and the Flames'っていうグループを作って、Treasure Isleに行ったんだ。ちょうどその頃、bad boyスタイルに意を反していた時で、ジャマイカにはびこり始めていたbad boyビジネスには一度も好きになれなかったよ。」

そして1960年代にDance Crasher,、Blessing of Love、Cry Tough、The Preacher、Don't trouble PeopleなどをDuke Reid率いるTreasure Islandからリリースし、ヒットを生んだのだった。1964年頃に録音されたDance Crasherは、おそらく最も人気の高い曲で、また、歌詞が当時の無政府主義者の人達に呼びかけた内容となっています。

'Don't break it up, please don't make a fuss,
Don't use a knife and take somebody else life, you'll be sorry'

"もうそのくらいにしておいて、大騒ぎするのは止めよう
ナイフを使うな、他人の人生を奪ったらだめだ、後悔するだけだよ"

彼の成功が大きくなると彼は脅しを受けるようになります。やっと成功したのに、今度は悪魔と戦わなければならないのでした。謙虚なEllisはもっとも自分が愛情を注いでいることに専念することに決めました。それはBreadking Up、I'm Still in Love With You、I'm just a guyなどの曲のように自分の気持ちを詩や音に表す、ということです。1965年にはGirl I've Got a DateがDuke Reidの元で録音され、これが彼にとって新たなロックステディのヒットとなりました。これはCoxsoneにとって気分のいい話ではなかったわけですが、彼はなんとしてでもEllisを取り戻したくElllisにイギリスツアーに連れて行くことを約束しました。
ところがツアーは行われたものの、Studio One所属のThe Soul Vendorsとシンガー達という形で行なわれたのです。Girl I've Got a DateのリズムはThe Harry J. All StarsがLiquidatorリズムを製作するのに使われました。そしてLiquidatorはアメリカでNo.1ヒットとなったStaple SingersのI'll Take You Thereで使われるのです。けれどもEllisはここから何も得ることができませんでした。

Ellisはツアーから戻り、迷いから目を覚ますことになります。Alton Ellis Sings Rock and SoulをStudio Oneから出しました。これはStudio Oneの出した作品の中でもっとも人気の高いもののひとつです。

当時のことをEllisはこう語ります。「1967年の後半にイギリスから戻ると、Coxsoneと自分の間で結ばれていた契約に関する裁判を起こすためにTreasure Isleに直行したた。そしてその頃ちょうど初めてアメリカに行ったんだ、Reidが私にしばらくの間、身を隠すようにと後押ししてくれた。だいたい2か月くらいいたかな、それから母が亡くなり、それがきっかけでジャマイカに戻ることになった。1968年の6月にジャマイカに戻った時、Joya Landisを連れて帰ったんだけど、彼女は6曲くらい録音してたよ」1973年までにEllisはジャマイカでのレゲエシーンに金銭的な希望は見込めないと気付き、もっと稼げるのではないかとイギリスに拠点を移すことにします。

彼は自分の人生の最もストレスとなっていた時期について思い出すと、
「自分のレコードは野山に落ちた火のようだった。だから当時ロンドンの街を彷徨って何か売るものがないかと探していたよ。これは自分のキャリアの中で一番イケてない時期だったし、この時だけは神が罪を犯さないように自分を見ててくれたんだろうと思う。それからSlim Smithとの曲を製作し、プロデューサーがこの曲をA&M Recordsに持って行き、そこで初めて契約を結ぶことができた」

1967年に行なわれたEllisのツアーは歴史的記録をおさめました。その頃、Ellisはジャマイカに戻ると、ちょうどPalmer Brothersは音楽ビジネスを始めたところで、Ellisに曲を作るよう契約金を支払います。
彼らのPAMA RecordsはMy Time is the Right TimeをTreasure Isleのスタジオで1968年に録音されました。PAMA Recordsはその後Jet Starという名前になりジャマイカでは主要な販売会社の中心的存在のひとつとなったのです。この動きはまたEllisを製作ビジネスに引き入れ、そのすぐあとにEllisは自身のレーベル、All-Toneを始めたのです。

イギリスで発売されたEllisのアルバムの売れ行きが、彼のレゲエアーティストとしての地位を徐々に高めて行くことになりました。しかし彼の苦悩は終わりません。販売会社が1972年にセルフプロデュースしたToo Late To Turn Back Nowの売上を持ち逃げしてしまうのです。また、Ellisはある友人にイギリスでこの曲をリリースすることを許可し、イギリスを訪れた時にその売上は支払われるという条件でした。が、Ellisが訪れると、拳を交わすだけだったのだそう。

記事原文:http://jamaica-gleaner.com/article/entertainment/20150301/no-easy-feat-alton-ellis-he-faced-many-hurdles-his-effort-help-build
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当店のAlton Ellisの商品はこちら


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2/26/2015

[2015/02/26] Trench Town - The Birthplace Of Reggae

早いもので2月ももう終わりますね。

今日はレゲエ月間の最後に 
Trench Town - The Birthplace of Reggae(トレンチタウン - レゲエの生まれた場所)
というコラムをご紹介したいと思います。
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Studio Oneの名作達
*当店の商品ではありません

トレンチタウンはジャマイカで最も有名なコミュニティと言っても過言ではない。それを手伝ったのはBob Marleyの不朽の名作と言うべき、No Woman No Cry、その名の通りのTrench Town、そしてTrench Town Rockだ。Bob Marleyは中でも一番有名な住民だが、トレンチタウンがジャマイカ音楽の生まれた場所である、という事実については誰も語ることがないーーレゲエだけではなく、スカ、ロックステディも、そしてそこから派生したダンスホールもここで生まれた。ジャマイカ音楽の書物の中にある最も人気のあるアーティストたちはこのコミュニティで生まれ/育ち、そこで音楽の製作を始めたのだ。

著者が2010年に参加したトレンチタウンの3時間ウォーキングツアーでは、住民であるJunior Lincolnがかつてトレンチタウンに住んでいた歌手達の名前と住んでいた道の名前をあげてくれた。以下にそれを記したいと思う。

    •    Marley, Bunny Wailer, Peter Tosh and Wailing Souls on First Street
    •    Delroy Wilson on Second Street
    •    Joe Higgs, Adina Edwards, Junior Braithwaite and Lord Tanamo on Third Street
    •    Strangejah Cole and Ken Boothe on the extension to Third Street
    •    Jimmy, Desmond and Junior Tucker, Cynthia Schloss, Dean Francis and Ernest Ranglin on Fourth Street
    •    Lascelles Perkins, Alton and Hortense Ellis, Rastafarian elder Mortimo Planno, Collis Robinson, Dobby Dobson and Noel ‘Scully’ Simms on Fifth Street
    •    The Folkes Brothers, Bunny Robinson, The Paragons and The Techniques on Sixth Street
    •    Wilfred ‘Jackie’ Edwards, Eddie (of Alton and Eddie) on Seventh Street
    •    Above Seventh Street were Toots and the Maytals, Leroy Sibbles, Bongo Herman, members of The Clarendonians and Roy Shirley

他には以下のような名前が。
Clement ‘Sir Coxsone’ Dodd, Duke Reid, Prince Buster, Marcia Griffiths, Rita Marley, Judy Mowatt, Bob Andy, John Holt, Dennis Brown, Horace Andy, Don Drummond, Lee ‘Scratch’ Perry and King Tubby

いったいこれらのトレンチタウンの住民達は実際何をもたらしたのだろうか?1960年代、田舎に住む人達がより豊かな生活を求めてこの街にやって来た。この音楽の急成長を導いた才能の集大成は、1963年にあの名高いStudio Oneを設立したSir Coxsoneによるものだ。そしてStudio OneはBerry Gordyの、米デトロイトを拠点とするMotownスタジオに匹敵するジャマイカの素晴らしいレーベルと評価されるようになった。また、近くのDenham TownのBond Streetにあったライバル的存在のスタジオ、Treasure Isleとは静かな冷戦があったと言われている。


 1932年にキングストンで生まれたCoxsone Toddは元々農場の労働者で、1950年代の半ばにDown Beat Sound Systemを始めた人物だ。そこで彼に与えられた必要な機材、レコード、3つのスピーカーを買う機会を使い、そしてこれがスタジオを作る基礎となったと言う。これによりジャマイカで皆から愛される音楽のシーンが形になり、また、時を同じくしてスカと呼ばれる新しいビートがキングストンのクラブでプレイされるようになっていた。彼はStudio Oneをこの流行の波に乗せるために作ったのだ。Studio Oneにあった機材は、他のライバルスタジオであったChannel OneやJoe Gibbsに比べると非常に原始的な物だったと言われているが、今でも廃れることのないそのリズムはDoddのジャマイカの音楽シーンを確固たる物にした。

しかしそれらのジャマイカ文化への貢献もよそに、トレンチタウンの住民達はこれらの著名な住民たちの築いてきた物から特に経済的な恩恵を受けていない。そこにはMarleyがかつて住んでいたことのある有名な共同住宅、"Culture Yard"を中心に、この文化を守るための人々の努力がある。また、11のイベントからなるTrench Town Festival(毎年2月に開催)は、コミュニティが "ジャマイカの豊かな遺産を表現する音楽、スポーツ、食べ物、そして若い力の素晴らしさをアピールすることを通し、コミュニティがジャマイカの文化に貢献するショウケース"だ。






Culture Yard

記事原文:http://digjamaica.com/blog/2015/02/23/trench-town-birthplace-of-reggae/2/

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ジャマイカのゲトー(貧困地域)はそれぞれのコミュニティでそれぞれのルールがあるので、基本、先進国の人間だけで興味本位に行くのはおすすめしません。行く時は、信用できるジャマイカ人と一緒に行くのがベターです。


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2/12/2015

[2015/02/12] Playlist: Jamaica's Musical Message to Africa

すでにお伝えしていますとおり、ジャマイカは毎年2月をレゲエ月間として制定していますが、アメリカやカナダではBlack History Month = 黒人歴史月間として制定しています。これは、黒人(*)がアメリカの歴史の中で残して来た功績を見直すために作られたと言われています。
(*語弊があるかとは思いますが、本記事では便宜上このように呼ばせていただきます。)

今月は様々なメディアで黒人の歴史がどんなものだったか紹介される機会が増え、祝福されることが多い中で、特定の人種に限って祝福する必要はない!と批判的な人もいれば、だったら白人歴史月間も作ろう、と言い出す白人もいたり、それぞれ感覚が異なるようです。

ジャマイカの歴史では、1500年代頃からアフリカ人が奴隷として船に乗せられ連れて来られました。そしてこの国のバナナ、サトウキビ、コーヒーなどの農園で働き、この国を豊かにするのに辛い労働を強いられてきました。独立したのは1962年、まだほんの50年余り前のことです。ジャマイカ人の多くは今でも母なる大地はアフリカだと言います。特に強調しているのはラスタの人達ですね。

また、一方で、アフリカでのレゲエの人気は高く、その市場は大きいので双方それぞれに求め合っている理由があります。
(以前ジャマイカの歴史について書いた記事はこちら

さて、このブログでも日本語訳を紹介しているジャマイカの新聞、Gleaner紙が別サイトとして新聞に載せ切れなかった様々なアーカイブや特集記事を格納したdiGというページがあるのですが、今日はアフリカにちなんだレゲエの曲のプレイリストが載っていたのでご紹介します。

リリックの内容は深いものばかりですが、ジャマイカ人のアフリカに対する想い、奴隷の歴史を知るきっかけになればと思います。Tings & Time Recordsも知らないことがたくさんありますので、勉強していきます!

Playlist: Jamaica's Musical Message to Africa
こちらから引用:http://digjamaica.com/blog/2015/02/11/playlist-jamaicas-musical-messages-to-africa/
*iTunes Storeにリンクしています。
  1. Africa Unite – Bob Marley & The Wailers
  2. Zimbabwe – Bob Marley & The Wailers
  3. Angola – Jah Bouks
  4. Hello Africa – Garnet Silk
  5. Capture Land – Chronixx
  6. African – Peter Tosh
  7. Mama Africa – Peter Tosh
  8. Til I’m Laid to Rest – Buju Banton
  9. African Pride – Buju Banton
  10. Let’s Go Africa – Capleton
  11. Zimbabwe – Sizzla
  12. Africa Prepare – Sizzla
  13. Calling Africa – Queen Ifrica
  14. Africa Must Wake Up – Damian ‘Jr Gong’ Marley & Nas
  15. Motherland Calling – Richie Spice
  16. African People – Beres Hammond
  17. Talking Africa – Beres Hammond
  18. Africa Awaits – Tarrus Riley
  19. Whoa Mama Africa – Anthony B
  20. Dreaming of Africa – Jesse Royal
  21. One Africa – Burning Spear
  22. A Place Called Africa – Junior Byles
  23. Africa Here I Come – Freddie McGregor
  24. Africa – Lutan Fyah
  25. United States of Africa – Luciano
  26. African Bound – Junior Kelly
  27. Great Kings of Africa – Mutabaruka, Dennis Brown & Ini Kamoze
  28. Africa – Raging Fyah
  29. Beautiful Africa – Gregory Isaacs
  30. Africa – Natural Black

最後にアフリカでのレゲエの人気を証明した動画、Busy Signalがウガンダに行った時の歓迎のされっぷりがわかるものがあるのでご紹介。実際、Busy本人もその対応にビックリしたと言ってました!



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2/07/2015

[2015/02/07] ジャマイカ首相からBob Marleyへのお祝いメッセージ

昨日はBob Marleyの誕生日で、Museumでもお祝いがかなり盛り上がりましたし、多くのお祝いツイートや写真、動画を目にし、その偉大さを改めて感じることができました。

意外なことにジャマイカの首相も、Bob Marleyの70歳の誕生日について声明を出したのでご紹介します。

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ジャマイカの首相Portia Simpson Millerは、Bob Marleyの70歳の誕生日を祝うべくメッセージを発表。

公式声明によると
「Bob Marleyの70回目の誕生日を祝うことは、同時に今回のレゲエ月間のテーマ"The Journey is the Destination.(旅することが終着地点だ)"にとても合っています。
何十年もの間続いているレゲエ音楽の素晴らしい旅を改めて見直し、そしてジャマイカの歴史を振り返り、また、自分たちの権利のために立ち上がらなければならないと改めて心に刻むでしょう。
"We must get up, stand up for our rights."(Bobの名曲、Get Up Stand Upのフレーズを引用しています)



また首相は、ジャマイカや世界が全体的に大変だった時代(*)にBob Marleyは大きく、そして強く自分の主張に声をあげる、とても影響力のあるアーティストだった、と加えています。


*補足
1970年代のジャマイカは政治的にかなり混乱しており、Bob MarleyはPNP(人民国家党)の政治キャンペーンに参加していたことで対するJLP(ジャマイカ労働党)から狙われ、政治抗争に巻き込まれました。それまでお互い武器を持ち、憎しみ合い、殺し合いを繰り返していたのです。しかし1978年、One Love Peace Concertに出演し、この2大政党の党首をステージに招き、そこで和解の握手をさせるという、歴史に残る大きな、勇気ある行動に出ました。(上の写真がその瞬間です)

「Bob Marleyの哲学は今でも私達の心に生きています。彼の音楽は私達ジャマイカ、そして世界の人々の永遠なる道義心として褪せることなく心に残っています -- 貧困や不公平に対する不満を抱える我々を勇気づけてくれるのです。」

そして、
「伝説の人"Bob Marleyは、人々の強さ、枯れることのない才能、創造性、そして抑圧と不公平に対して声をあげる提唱者として、我々にとっての大いなるリーダーなのです。
Bob Marleyの作品の多くは、まさにジャマイカの国家英雄であるMarcus Garveyの教えてくれた言葉を実行し続けています。 
"A people without the knowledge of their past history, origin and culture is like a tree without roots."『過去の歴史、起源、そして文化の知識がない人々は、根のない木と同じだ』と締めくくりました。

記事原文:http://loopjamaica.com/2015/02/06/jamaica-news-bob-marley-was-a-musical-giant-pm/
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Bob Marleyは音楽だけでなく、人々の心に多大なる影響を与えた偉大なる人でもあります。今日なお語り継がれるコンサートでの和解の瞬間は、他の誰にも真似できない、Bobだから遺せた行動だったと言えるでしょう。レゲエはただ楽しむための音楽ではなく、ジャマイカの人々の生活すべてを表したものなのです。


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2/06/2015

[2015/02/06] Happy Birthday Bob Marley!

今日2月6日はBob Marleyの誕生日ですね。
その存在を言葉で表すのは恐れ多いほど、影響力のある偉大な人です。

生きていたら70歳、"bob marley 70th birthday"というキーワードで検索してみたところ、世界中で彼の誕生日を祝うイベントが行われるそうです。画像検索の結果は以下のとおり。これだけではなく、たくさんのフライヤー画像などがまだまだ続いていました。



ジャマイカではすでにお伝えした通り、今日金曜日は朝から(すでに始まっているでしょう)Bob Marley Museumでのお祝いが行なわれます。


そして明日土曜日の夕方はWater FrontでDigicelが主催のBob Marleyコンサートが開催されます。いずれも節目の70歳ということで大いに盛り上がることでしょう。



最後に名曲Redemption Songをご紹介します。この曲はジャマイカ人が奴隷として捕われていた頃のことを歌っていますが、最大のメッセージ(下記2行)は、現代にも当てはまる内容に思えます。亡くなって長い月日が経っても人々の心を魅了し続けるBob Marleyは本当に偉大です。

*いまだにiTunes Storeのレゲエ部門売上チャートの半分にはBob Marleyの曲がランクインしているそうです。それについて書かれた記事はこちら

Emancipate Yourself from Mental Slavery
精神的奴隷から自らを解放せよ 
None but ourselves can free our minds
自分たちの心を自由にできるのは他の誰でもない 自分たちなのだ



Happy Birthday King of Reggae, Bob Marley!!!



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2/03/2015

[2015/02/02] Reggae, Dancehall Music... What Went Wrong? 間違った方向へ進んだ理由は?

Sunday Gleanerが3回シリーズでお届けする、レゲエの過去、現在、未来について書いたコラム、前回は過去について紹介されており、当店のブログでも訳を掲載しました
2回目の今週は
Reggae, Dancehall Music… What Went Wrong?
(レゲエ、ダンスホール音楽・・・間違った方向へ進んだ理由は何なのか?)
 と題し、現在について書いています。

今日(こんにち)、やや活気のないレゲエの売上について紐解いてみる。この記事を書く前にBillboardのレゲエアルバムチャートをチェックしてみたが、1位は‪Rebelution‬のCount Me In、続いてSOJAのAmid The Noise and Hasteといずれも非ジャマイカ人アーティストのランクインという有様だった。さらにiTunesのトップ100チャートを見ると、トップ10のうち5曲はBob Marleyの1970年代に録音された曲たちなのだ。

ではこの現代に製作された音楽が間違った方向へ進んだ理由は何なのか?

The Sunday Gleanerは音楽コンサルタントであるClyde McKenzieに聞いてみた。

「皮肉なことだが、我々はアーティストの成功のためにかなり真剣に取り組んで来ており、私はジャマイカの音楽が非常に成功してると考えている人の一人であるが、一方で我々ジャマイカ人のスタイルを忠実に演奏できる海外のアーティストが出て来ているとも思う。」

McKenzie氏によると、ジャマイカのアーティストの多くは何らかの海外への渡航制限に直面しており、それが自分たちを売れなくさせている理由であると言う。これらがこの小さな島、ジャマイカで生まれた音楽の持つ可能性を海外に向けて発信できない主な理由になってしまっていると言う。

ただ、すべてが失われた訳ではない、まだその絶大な人気に衰えを見せることのないジャマイカ人アーティストたちもいる、と言う。「新しい世代のリーダーであるChronixx、Jah9、ProtojeそしてJesse Royal、さらに現在は檻の中にいるVybz Kartelも忘れちゃいけない」

すでに亡くなっているBob Marleyの成功について、McKenzieはこう表現する「a wonder of nature = 自然の奇跡」

McKenzieによれば、Marleyは別格であり、彼は非常にいい時代に、非常にいい場所にいた、完璧な男だ。
「彼の人生のすべて、そして彼の死についてさえもそれはパーフェクトなタイミングで起こった、という人がいるね。Bobは生きていたら今年で70歳を迎える。今生まれたばかりの子供でさえも彼の曲に共感できる。何故かって誰も年老いたBob Marleyのイメージを持ってないんだ。今でも若くて生き生きとした姿が残ってる。これが彼の最大の魅力の理由なんだ
、皮肉なことに。

結局のところ売上成績があがっている訳ではない。McKenzieは「世代間の比較」をしないようにしているんだとか。それをしたところで逆効果になるだけだからだそうだ。「我々は国際的なアピールのできる国際的な音楽ジャンルを作ることができた小さな島の出身であることを幸運だと思ってる。 
Marleyやその世代のアーティスト達は社会の目立たない場所から出て来て、国際的にも関わりの薄い場所で生きて来たことを考えると、それは非常に特殊なケースだということがわかる。この世代の人達が作って来た、何かに対抗する音楽"Rebel Music"は社会が激変する当時の時代に合っていた。Bob Marley、Peter ToshそしてBunny Wailerは世界中の解放闘争の大きな力となっていたのだ。

また現代に話を戻す。

ヨーロッパの音楽フェスティバルシーンではヨーロッパのアーティストがレゲエを楽しむ姿も多く見られる。McKenzieいわく、それはつまり(主催者側にとって)より経済的だからだ。
「もし私がヨーロッパのプロモーターで、出演者に地元のアーティストか、ジャマイカのような場所からアーティストを招聘するか、という選択を迫られたら、私は単純にコスト面から前者を選ぶと思う(すべての条件が同じと考えた場合)。ジャマイカからの飛行機代はアーティストのみならず、帯同する関係者を含めたら大変なコストになるからね」

また、アーティストの売上と製作に影響を与える落とし穴には同性愛を嫌悪する人達がいるからだとも言われている。

「多くのジャマイカンアーティストたちがこの件に関して注意深くなってるきてるし、はっきりと同性愛を嫌悪すると明言する人も減って来ていると思う」

最後にMcKenzieは、アーティスト達は必要以上に自分たちの活動を窮屈なものにしなくてもいいが、今こそ市場に対してもっと理解を示さなければいけない時だと言う。

「アーティスト達は、いくつかの市場を見たうえで、何が受け入れられて、何が受け入れられないかを理解しなければいけない」

次回は"The Way Forward"と題し、未来について書かれます。


記事原文:http://jamaica-gleaner.com/gleaner/20150201/ent/ent2.html

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レゲエはジャマイカ人の「生活・生き様」を表したものです。現代とBob Marleyの時代に作られたものが違いすぎるのは明らかで、自由を求める皆が一つになるためのリーダーが必要とされていたのです。皆を惹き付ける、そして皆の気持ちを代弁する強いメッセージが現代のアーティストなお続く人気の秘訣なのでしょう。

一方、このコンサルタントの視点ではビジネス寄りなので、売れる(音楽を作る)ことに重きを置いた意見ではありますが、これもレゲエを、しいてはジャマイカを盛り上げるには大切な要素ではあります。

2月のレゲエ月間開始とともにレゲエに関するコラムが多く掲載されているので、またピックアップして紹介できればと思います。


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1/27/2015

[2015/01/27] Did reggae lose its way? レゲエはあるべき姿を見失ってしまってるのか?

Did reggae lose its way? A quick look at the past, present and future

レゲエはあるべき姿を見失ってしまってるのか?いったいどこへ向かって行くのだろう?Sunday Glenaerでは2月のレゲエ月間を迎えるにあたり、過去、現在、そして未来について、3回シリーズでコラムをご紹介していきます。
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去年、ジャマイカのレゲエ/ダンスホール業界の売上が落ち込んでいる、という残念なニュースが報じられた。しかしそれはずっと続くわけではなく、この島で作られた音楽がいったん活気を取り戻せば、市場ではいい動きを見せてくれるのは明らかだ。

今回紹介する3回シリーズではそれぞれ "The Foundations" "What Went Wrong" そして"The Way Forward" と題し、レゲエの過去、現在、未来について考えていく。

レゲエの伝説と呼ばれるBob Marleyが亡くなり今年で34年。彼の遺した音楽は今でも人々に影響を与えている。実際、iTunesのレゲエチャートや、メインストリームのチャートにおいてもいまだに上位にランクインしているし、米雑誌Rolling Stoneでは、素晴らしいアルバム500選の中でも50位に入りつづけている。
しかもその実績はBob Marleyだけでなく、Jimmy CliffやToots Hibbert、Yellowmanなどのファウンデーションのアーティストも、いまだに人気の高いものが多い。それが数十年前に録音した曲であっても。

この世代は、今日売れている世代がスターダムにあがるまでの道のりとは違うのは明らかだ。ファウンデーションのアーティスト達がしてきたことで、今の世代がしていないこととは何か、そしてその差は何なのか。二つの世代を繋ぐ何かが切れてしまったのか。現代のレゲエの人気が下がっているのにもかかわらず、ファウンデーションが輝き続けている理由は何なのか。

音楽コンサルタントであり、Rantin From Inside The Dancehallの著者であるDr. Dennis Howardが往年のレゲエ/ダンスホールについて語ってくれた。

「(ファウンデーションの)ビートは聴く人の耳に残るし人を惹き付ける、そしてそれが長く売れる秘訣だったりもする。その繰り返されるビートのパターンは聴く人の耳に心地よく伝わっているのは明らかだ。そして音楽が人々に影響を与える力、これはBob Marleyの曲がまさに典型的な例だね。」と、Howard氏はファウンデーションが導く強いパワーについて語った。

「かつてはアイディアをシェアしたりスキルを継承するコミュニティがあった。そしてそこには音楽を作ることを心から愛する人達が集まっていた」サウンドは往年のアーティスト達には非常に重要な要素であり、「彼らはこだわりを持っていたから自分たちが納得できる音が見つからない限り、誰かの音を借りたり、盗んだり、コピーするのは普通のことだったよ」

またこの音楽の長きに渡る人気や愛情を表すもうひとつの特徴として、音楽を製作している人達が共通する意識を持っていたことだという。「この音楽はキングストンで生まれたすべての素晴らしい音楽の基礎(ファウンデーション)だ」という考え方だ。

技術が発達し、創造性のレベルにも影響が出ていると言う。ProToolsが音楽製作において驚くような働きをするだなんて思ってもみなかった。もちろんそこから得られる恩恵も否定しない。ただし、Howard氏はアナログの織りなす温かみのある音がなくなってしまっている、と話す。

「悲しいことに多くのベテランプロデューサーが忘れてしまっている。またこの新しい技術がレゲエの創造性の怠慢に拍車をかけてしまっている。音楽は素晴らしい、でもコンピューターによる様々な音の組み合わせがジャマイカの音楽を変えてしまった。レゲエはジャマイカで生まれた、決して消えることのないジャンルだ。力強く、そしていまだに世界に広がりつづけている。落ち目なときも決して屈することのない、強い音楽だ。他の音楽ジャンルには耐えられないんじゃないかと思うよ。」

次回は来週日曜日、"What went wrong?"と題し、今日(こんにち)のレゲエについて語ります。

記事原文:http://jamaica-gleaner.com/gleaner/20150125/ent/ent1.htmlz
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2月はレゲエ月間です。様々なイベント、それもイベントが行なわれるだけでなく、大学でのシンポジウムやこういった記事での紹介も含め様々な場面でレゲエが特集されます。今年はBob Marleyの生誕70周年だそうで、誕生日の2月6日にはBob Marley Museumで盛大な記念セレモニーが行われるようです。
本コラムの続き、またレゲエ月間に関すること、引き続きご紹介していきたいと思います。(Staff)


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8/07/2014

[2014/08/06] Happy Independence Day, Jamaica!

今日8月6日はジャマイカの52回目の独立記念日(1962年独立)です。
(8月1日は奴隷解放記念日 - Emancipation Dayでした)

朝から記念式典が行なわれておりTV中継しています。夕方からはナショナルスタジアムでGrand Galaという大きなイベントがあり、アーティストもたくさん出演します。

歴代のフェスティバルソングの中で特に有名なのがEric Donaldson / Cherry Oh Baby('71)Land of My Birth('78)。Grand Galaでは毎年必ずライブパフォーマンスがあります。

Eric Donaldson / Cherry Oh Baby 













こちらは
Land of My Birth
当店では扱いがないのでYou Tubeをご紹介。



今日はこの2曲みんなで大合唱です♪(他の曲のパフォーマンスもありますが)
Happy Independence Day, Jamaica!

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5/26/2014

Junyaの "One one Coco, Full a Baskit" Part 2

Wah gwaan? Everything Good???

ここ最近、キングストンは本格的な雨期に突入!ほぼ毎日、午後になると遠くの空が薄暗くなり、雷雨がやって来る!お陰で、水不足からは解消されたが、下水等のインフラが整っていないジャマイカでは、至る所で水害が・・・毎年同じ問題で悩んでるのに、なかなか良くならないのがジャマイカ。

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さぁ、このシリーズでは前回伝えたように、Reggaeを知るうえで欠かせないジャマイカの歴史について、解りやすくまとめてみようと思う。今回はまず、奴隷制度の始まりについて。

ジャマイカは元々スペイン、イギリスの植民地であって、今現在ジャマイカに暮らしてる黒人達の先祖は皆、アフリカから無理矢理連れて来させられた、まったく自由のない奴隷だった事は知ってるべ?


■1492年
コロンブスにより発見されたジャマイカは、スペイン人達(白人)による支配が始まる。
ジャマイカには南米からカヌーで渡って来たアラワク人という先住民が暮らしていたが、スペイン人達による支配が始まり50年も経たないうちに約10万人いたアラワク人が、戦争やスペイン人達が持ち込んだ病気に感染するなどの理由で絶滅してしまう。 

そのため、各地に作られたサトウキビ畑では労働者不足が深刻な問題となり、その問題の解決のために奴隷として連れてこさせられたのが、アフリカの黒人達だった。

そこからスペイン人達による支配は約1660年頃まで続く。当時の首都はビジャ・デ・ラ・ベガ (現在のスパニッシュタウン)。

■1652年
イギリスが西インド諸島(カリブ諸島)の覇権を奪うために向かったイスパニョーラ島(現ハイチ、ドミニカ)の攻略に失敗したため、その矛先をジャマイカに変え、1655年にはイギリスがジャマイカを実行支配することになる。

その後しばらく、イギリスが実行支配はしていたが、諦めの悪いスペインも何度か反撃に来ていたため、首都をポート ロイヤル(映画 パイレーツオブカリビアンの冒頭に出てくる街)に移す。
ところが、1692年に襲った大地震によってポート ロイヤルは崩壊。商業の中心地はキングストンへ移り、また、スペイン領時代の首都は再建されて名前をビジャ・デ・ラ・ベガからスパニッシュタウンへと改名。

そして1962年に独立するまでの間、ジャマイカにいる黒人達は自由を奪われ、支配者層の言いなりとなって暮らさなければならなかった。

-------------ここまでが史実として描かれていた内容 -----------------

しかし中には言う事を聞かず、反抗したり逃げ出す者もいて、色々と揉め事もあったらしいので、その点については次回まとめてみます。

ちなみに、そんな荒くれ者達が集まった集団をマルーン族(Maroon)といいます。

〜〜奴隷船についての噂話〜〜

『西アフリカから連れて来させられた奴隷達を積んだ船はまず、南米Venezuelaに寄り、そこからTrinidad & Tobago、Grenada、Barbadosといった地図上でジャマイカより右下の島から徐々にマイアミの方に向かっていた(下の地図参照)。

どうやら、おとなしく、真面目そうな人達から先に船を降りていったらしく、最後の方のハイチやジャマイカに着く頃にはかなりタチの悪いイケイケな黒人達しか残っていなかった。だから、ジャマイカ人とハイチ人はカリブ海でも特にタチが悪いと言われてるんだぜ!! 』

という話を聞いた。

まんざら嘘では無さそうな話だな・・・。







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5/12/2014

[2014/05/11] Bob Marleyの命日

1981年5月11日、36歳という若さでこの世を去った偉大なるヒーロー、
Bob Marleyの命日です。

Three Little Birdsは、ダンスの現場でも定番で(国民から本当に愛されている曲)、
個人的にも落ち込んだときに何度も助けられた曲。

Rest In Peace, Bob Marley



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